2001年夏。

春から夏へ。夏から秋へ。
 2001年。21世紀の千葉県高校野球の幕開けを告げる春のブロック予選は4月8日に開幕。母校・安房高は、その日に夏を目指すことになった。ブロック予選の1回戦で一宮商業に完膚無きままに敗れた選手達。力量そのままに険しい夏を暗示させた。

 前二年間でベスト4二回、ベスト8二回。ここ二年の夏の選手権は、AシードにBシード。それが、もちろんノーシードから始めることになった。周囲も選手も余分な重圧がなかったといえば嘘になる。しかし・・・。
 高校野球の醍醐味は、毎年毎年入れ替わる選手達が、「リミット」を求めて必死にもがく姿が反映されることではないだろうか。学年のリミット、選手のリミット(地域背景)、技術のリミット、期間限定リミット・・・、様々なリミットがあるからこそ、というシーンが生み出されるのである。

 佐野将平主将・和田中出身。豪快な打撃を中心とした上級生のチームにあって、唯一といっていいほどの下級生の頃から一緒にプレイした選手である。体の強さと強肩を活かしたプレイに定評があった。しかし、主将として中堅手として迎えた秋の大会で、自分のミスから本戦一発出場を逃す。そして春の敗北。「自分の」チームは苦境に立たされた。
 4月9日、ホットコーナーに佐野主将が立っていた。敗戦を糧に夏のチームに仕上げるための大きな戦略にチームが選んだ策は、主将のコンバートだった。思えば、彼は1年生の頃は、内野手として主に練習していたが、その脚力と強肩により外野に廻っていたのだ。
 インフィールドに主将を迎えたチームは、わずかながらの前進を始めた。
 「こんなことじゃ終われない」3年生のリミットへの挑戦が始まったのだ。
 気にするなといっても、やはり高校生。特に大好きな先輩達との比較を知らず知らずのうちに自分たちでしていたのかもしれない。卒業した彼らの幻影を考えてもしょうがない。それが、5月になってしまっただけかもしれなかった。
 佐野主将は、その打球の速さはチーム随一。その打者を二番に配置し、得点力の強化を求めたチームは、すこしづつカタチになっていく。夏まであと1か月という頃には、エース川名晃司の本格化と相まって、小さな自信が芽生え始めていた。
 抽選の結果、ひとつ勝てば、昨年の全国準優勝校・東海大浦安高校という組み合わせとなった。大チャンスである。春一回戦で敗れた安房高の、今年の選手の「実直さ」と「伸び率」を見せる素晴らしい舞台が用意された。

 7月20日。海の日。青葉の森休場は満員の客で沸いた。第二試合開始直後の10分間の間に安房高は、見事な先制攻撃で2点を先取したのだ。川名も無難な立ち上がりを見せた。
 全員が、ベンチの選手も、スタンドの応援団として頑張る部員達も、1アウト毎に声をかける。チェンジになると、すべての選手が全力で監督のもとへ、仲間のもとへ疾走する安房高の「元気」が次第に球場を支配していく。今や、安房高野球を象徴する「全力疾走」は試合における大きなアドバンテージになることを選手こそがよく知っている。早く準備し、早く戦闘する。繰り返しているうちに、球場を自分たちのものにしていくのだ。
 「これは・・・」と観客も思い始めた頃だった。ゆっくりと、東海の打線にエンジンがかかる。中盤まで同点。そして、逆転されるきっかけをつくったのは、佐野三塁手だった。6回二死二塁から相手の放ったなんでもない三塁ゴロを見事なトンネル。4月からこんなトンネルは一度もなかった。夏の舞台でもそれまで、見事なグラブさばきを見せていた主将の股間を無情にぬけていく打球が、勝ち越しを許してしまったのである。

 またもや思い出す。強肩ではあるが、制球がいまひとつな佐野将平は、下級生の頃、上級生に混じって一時捕手を勉強していた。練習試合中、セカンドベース上にまったく放れない佐野将平はひとり、藤原球場のフェンスに向かって、スローイングの練習を繰り返していた。悔しかった。うまくいかない。投げている内に、涙があふれてきた。技術の高い上級生に混じることができる同級生はほんのわずか。それなのに、結果が出せない不甲斐なさ。仲間のことを思うと、また涙が出た。そして、投げ続けた。

 そんな仲間想いの主将の気持ちをつぶさに見てきた同級生。夏の舞台で、大エラーをした主将の気持ちが痛いほどチームに伝わる。「大丈夫、おまえはそんなもんさ」声が飛ぶ。チームはキレなかった。
 チャンスがつかみきれず、1点差のまま8回を迎え、緊迫した時間が続いた。我慢できずに早々と試合を決められた春とは段違いの成長力を示した。しかし、8回。ついにエース川名がつかまり、長打を浴びた。相手が強かった。

 確かな成長はまた高校野球の醍醐味を最後に選手に教えてくれたはずだ。試合後、佐野は「こんなキャプテンでみんなごめんな」とはっきりと言った。仲間たちは「そうだ、そうだ」といいながら、笑い、泣いている。彼らにしかわからない、本当の勝負ができた気持ちの現れ。春の敗退からの4か月。「実感」の仲間入りを果たした勲章は自分たちの宝物とすることができた。いろんな選手が生まれ、走り抜けていく高校野球。確かに圧倒的な技術力でチームを引っ張る主将や選手も数多くいるが、心をつかんでいく選手もこれはまた、たいへん貴重な人間力である。
 夏に敗れたこのチーム。まぎれもなく、最後まで怒られ続けたのは主将・佐野将平だった。
 
 仲間を試合で励まし合い、叱咤し、分かち合う。ほんの二時間の間に、こんなに仲間を応援しあうシーンは普段あり得ない。野球の美しさはボールの動いていない瞬間に多くの物語を連想させることだ。
 「がんばれ、がんばれ」「いいぞ、ナイスプレイだ」「おまえにかかっているぞ」「ふんばった。いいぞ、必ず逆転するぞ」美辞麗句ではなく、心の叫びが声になる、野球の素晴らしさ。
 プレイヤーにしかわからない夢は、連綿と繰り返されているのだ。今日も母校のグランドには、白球を追う高校生の姿が見える。

夏から秋へ。
 暑い夏休み。33名の若い1.2年生が灼熱と闘っていた。旧チームの3番・4番打者を残し、打撃力に来期待がかかるこのチームに、機動力あふれる選手が加えられ、実力を蓄えていた。
 しかしブロック予選決定戦で東金商業に惜敗。その日、夜遅くまで、悔しさを振り払うような練習が続いた。
 そして、それからひと月。秋の風が吹く頃、準々決勝の舞台に彼らは立っていた。予選終盤から見せた上位・下位連なる打線が爆発し、県大会でも3勝し、この舞台までやってきたのだ。
 ところが、またしてもへし折られる。評判の左腕投手の前に、三振16を奪われ、敗退。
 また、始まりを迎えた。

へこたれない、逞しさ。
野球についてまわるその魂は、
男人生のすべてに共通する。

新時代の幕開けに、激動に変化する時代。
「へこたれない美しさ」
「立ち向かう逞しさ」
私達も、培った心を、改めて思い起こすことが必要なのではないだろうか。
(レポート/事務局・K)

      前のページへ  次のページへ