帯広滞在記 2001 2日目

 2001.7.28(土)〜2001.7.30(月)

(右:中札内村ガーデニングコンテスト)

TOP  7.28  7.30

 朝の目覚めは爽快? 

 軽い飲酒と旅行の疲労から,よく眠れるはずが,眠れない。

 ずいぶんと気が立ていたようで,夜中に2度ほど目がさめ,朝は5時30分にいつもどおり起床した。

 昨夜の就眠時間が分かっていないが,おそらく7時間ぐらいはベッドに入っていると思う。

 しかし,自分の手をしげしげ見ると,まだむくみが取れていない。

 夕べは地ビールをジョッキで2杯,さほど飲んでいないし,アルコールが残っているわけではない。

 決して前日の食べ過ぎが原因で短期激太りしたわけでは無い。それなのに体が重く,手足がだるい。

 最近手足のむくみは最近よくある。

 確かに運動不足と太りすぎの,肥満体に違いはないが,今日は全く疲れが取れていない。

 着替えの後,6時過ぎに隣室に内線電話のワンコール,意を決してカメラを担ぎ,隣室を覗くと二女も起きていた。

 撮影行に誘ったが,前夜「連れて行かない」とからかったことが気に入らないようで,「行かない。」といって云う事を聞かない。

公園に続く早朝の歩道

 そこで,今日はモデルは無しと諦め,しかたなく一人で歩き出すことにした。

 北海道ホテルから,緑地公園の入り口まで,大通り5分ほどいた。

 揃いのジャンパーを着た一団が,街の清掃,ごみ拾いを行っている。

 小さなたばこの吸殻や,空き缶を丹念に拾って歩いている。どう見てもボランティアで行っているようで,感心しきりである。

 公園の入り口で,観光案内版を見て,今の位置関係と今日の日程を考え,早速引き返した。

 ホテルにもどり,車を出して,市内の通りを縦横に走り,帯広の地図を頭にいれた。

 車では割と近くに春駒通りがあり,ユトリベルグや,ランチョエルパソがあった。

 でも今日は来れないかもしれないと思った。

 ランチョエルパソも,5年前に比べると店舗の構えががらりと変っている。「ああ,ここも勝ち組みなんだ」と実感した。

 不況・不景気・「バブル崩壊後の・・・」といいつつも,明らかに勝ち組み負け組みに分かれている。

 経営センスが良く,いち早くい,イノベーションを取り入れた人たち,それらが皆勝ち組みになっている。

 北海道拓殖銀行の倒産ショックから3年。有珠山の噴火から2年。

 「がんばるふんばる北海道」・「試される大地北海道」といいつつも,明らかにセンスのよさで多くの勝ち組みは出来ているんだと痛感した。

 朝食はバードウォッチカフェで”くまゲラ定食”   ( ごめん,本当はくまゲラ定食なんて無いからね。 )

 正確に書くなら,”くまゲラを見ながら洋定食(モーニング)を食す”となる。

 ここ何年も,旅行の朝食はブッフェスタイルだった。

 席に座って給仕されることなんか無かった。

 いや,これも正確には”富士十里木高原の『ペンションふんわりこん』”以外では,となる。

 食べるものを取りに席を離れないということは,実にゆったりできる。

 さすがに優雅な気分である。

 僕と二女は庭の景色を背にしたが,家内と長女は庭の景色を正面に食事をしている。

 僕の席からは,かえでの大木が何本も見える。見方によっては帯広の中心街ではなく,こんもりとした森の中のようである。

 なんとも贅沢な空間の確保である。さすがに老舗ホテルと感心した。

 家内にのこことを話すと,「北海道は土地が安い,都心のホテルではないのであたりまえ。」と答えが返ってきた。

 なんとも,的を得た現実的な答えである( (~_~;) トホホ・・・・・)。

 食後のコーヒーがきたところで,長女が庭を指差して,「見て見て!」と,やや興奮気味に声をあげた。

 僕と二女が振り返ると,桜の大木の幹に土鳩より一回り小さな鳥が来て,幹をつついている。

 「なんて鳥なの」と長女が尋ねる「啄木鳥・くまゲラ」だよと僕。

 この席は,店名のとおり,本当に”バードウォッチカフェ”になった。

 僕の家でも早朝に良く野鳥が来るけど,8時過ぎにはもう見えない。

 やっぱり帯広は面白。

 すごく幸せな気持ちになった。

 ピョウタン,忠類,大樹,池田の周遊快速フルコース 

 今日は帯広近郊,特に,海岸線へ向けて周遊コースのドライブである。

 僕は本当に腰の落ち着かない奴である。

 これが 「くたびれた」,「疲れた」とホームページに愚痴を書いている奴のやることか,もっとゆっくりしたらと,自分でも思うが,旅行中は特に好奇心の塊。 絶対にゆっくりなど出来ない。

 朝,9時半過ぎに,ホテルのベルボーイの「いってらっしゃい」の言葉に送られ,帯広から中札内に向け出発した。

 今日の帯広は曇り空で,朝,家内がホテルで聞いたところでは何日も日が出ていないとのこと。

 しかし,雨は落ちてこない,「僕らはみんな晴れ男・晴れ女だね」と話していたら,本当に晴れだした。

 中札内村に入ることにはすっかりと晴れ上がり,きれいな青空が広がった。

 中札内村で道の駅に寄る。調度中札内村では”ガーデニングフェスティバル”を行ってた。

 道の駅で案内図をもらい,時間があれば見ることとする。

 道の駅はほかにも大イベント中で露店いくつも出ている。

 早速,ソーセージ,カマンベールチーズ,鳥腿肉の網焼き,綿菓子と買い進み,朝飯を食ったばかりの腹の,別腹に無理に押し込んだ。

 中でも厄介だったのが鳥腿肉,1人前500円で1羽分(両足)が来た。

 聞いて買ったけど,長女と二女が夢中で完食したけど,やっぱり一寸多かった様である。(僕は一口だけ食したが,味はGOODでした)

 そこから,ピョウタンの滝へ向かう。この滝は 農協ダムというらしい。

 「かつて発電用のダムとして作られ,完成後まもなく土砂に埋没したとのこと,しかし砂防ダムとして,下流域を守ったetc。」 のアナウンスがあった。

 実に感心した。

 雨上がりのため,増水していたが,水がやたらときれい。

 さすがに北海道である。

 ピョウタンの滝を後に,一路 ”忠類” に向かう。

 途中 砂金掘り体験の看板を発見,3キロほど道を外れるが,良く場所が判らず,引き返しとなった。

 忠類では「ナウマン記念公園」に立ち寄ることとしている。昼食はこのあたりで過ごすのがよさそうである。

 そして,今日 1 日の行程を考えると一寸,アクセルを踏む右足に力が入った。

ナウマン公園と記念館

 昼近くに,忠類のナウマン公園に着いた。

 きれいな青空の基,芝生の公園が広がり,その中に記念館が建っている。

 僕は博物館が大好きである。すぐに博物館に入る。

 家内が入場料を払っている間,お疲れ亭主は長いすにごろりと横になった。

 あーー疲れた。今日はかすかに頭が痛い。

 ゆっくりと,記念館を見てとなりのレストランで昼食。

 食事の後,ドライブの再開である。地図によると大樹町の海岸に「原生花園」なるものがあるらしい。

 「原生花園」といえば,この時期花畑が広がっているはずである。

 カーナビを「原生花園」にポイントして一気に走りだす。

 いくつもの畑や雑木林を抜け,遠くに海の気配を感じるころ,「ナウマン像」発掘地についた。

 ナウマン像の発掘地は本当に道の脇の小さなくぼ地で,こんな斜面に大きな骨格が埋まっていたかと思うと何と無く「フ〜〜ン,ここなんだ。・・・・・」   記念館の大きさと,発掘地の小規模さと対比して,とちょとだけ関心した。

 このあと,すぐに原生花園に到着????。 あれ,原生花園が無い。

 あるのは芝生の公園と温泉施設,温泉施設の看板に愕然 「原生花園」 と書いてある・・・・・・・。

 地図にあった原生花園はこの温泉施設名らしい。

 ほんとに原生花園は無いのかと思ったが,近くの看板を良く見るとこの海岸付近一帯に「原生花園」があることになっている。 この施設は,このため ”原生花園”と命名したらしい。

 しかし,その「原生花園」らしき場所には期待したほど花が無く,大いにがっかり。

 しかし,すぐ眼下に太平洋の波が打ちよせており,芝生の公園にはカモメが舞い降りている。

 子供達が,ゆっくりカモメの周りを歩く。

 子供達が歩くとカモメが歩く。

 鳥と人との間隔は3メートル以下にはならない。

 これが野生のカモメの保安距離である。

 

 しかし,3メートルも近寄れるとは,人に対する警戒心が非常に薄いようだ。

 少しの時間海を見て寛いだが,思ったより風が冷たい,晴天の日向に座っているのに。

 家内や子供が少し鳥肌が立ってきたので車に引き上げとなった。

 真夏の炎天下で,鳥肌が立つほどつ風が冷たい。

 僕の家の周りでは絶対に考えられない,やはり北海道の夏である。

こから,池田町に向って駆け足,駆け足。

 最終目的地の池田町に向け,一気に走り出す。

 大樹町の晩成育成牧場のそばを抜ける。晩成育成牧場は,六花亭の丸成バターサンドの,丸成らしい。 

 しばらく進むと,途中で,キタキツネが道の真中を歩いていた。

 キタキツネの発見に,車の中が大いに盛り上がり,僕は「大樹町は牧畜が盛んらしく,農村の風景が帯広とは全く違う。 畑は無く,牧草地が広がっている。ずいぶん違うな。」と,哲学的に感心していたら,道のすぐ脇に”丹頂鶴のつがい”が羽を広げていた。

 本当にこんな近くで,見るなんて驚きである。野生の濃さに感心しきりである。

 さて僕らは,最後の目的地へ向う,池田町のワイン城では,ワイン試飲をして,ステーキ肉を食って牛一頭完食の証明書の発行をしてもらう。

 何てことは絶対思わない。

 酒も肉も今の僕には無縁,ワイン城はパスして,すぐ脇のアイスクリームショップ ”ハッピーデイリー” へ直行する。

牧草の向うの青空に月が見える

 二女は,アイスクリームを,いくつも食べることをこの旅行の目的にしている。

 ここに来て感心した,駐車場に止まった車のナンバーに県外とレンタカーが無い。

 100%地元客でにぎわっている店である。

 この店は,多くのガイドブックに出ているし,今日は日曜日だから,観光客が来てもおかしくないが,地元の帯広ナンバーだらけである。 

 本来,地元客の入らない店舗は廃れるはず,ここは4年前と変らず大いに地元客で賑わっている。ここも勝ち組みである。 

 さて,僕ら一行は二女の願いをかなえるべく,本日の最終目的地でアイスクリームをゲット,ここの帰り際にソセージの網焼きをゲット,これで又又肥える気がするのは僕だけでは無いようである。

 帯広で,お買い物。気分はすっかり帯広市民? 

 夕方18時少し前に宿にもどり,明日の天気予報を見ると,雨,気温もかなり低い。

 家内と顔を見合わせた。

 今回の旅行は準備時間がほとんど取れず,二人とも直前までかなり忙しかった。

 その結果,「足りない物があれば帯広で買おうよ」とういう事にして出かけてきた。

 この様子では,「内地の夏服しか持たない僕達はきっと凍えることになりそう」 ということで,マイカルサティに買出しに出かけることになった。

 サティは,ホテルから徒歩で5分ほどの場所,子供達をホテルに残し,家内と二人でゆっくりと歩いてサティに向った。

 サティの中で我が家の女族3人用にお揃いの「白いウインドブレーカー」を,僕は秋物の「ラガーシャツ」を購入した。

 僕達はすっかり帯広市民になりきって,日頃御世話になった皆様への送り物の下見とばかりに,食品売り場の六花亭へ,向う。

 六花亭の入り口に,記念セールの絵が掲げら,去年交換したカップと同じ柄のカップとティーポットが書かれている。

 無邪気に「今年はポットをもらおうか」と,僕が家内に話しかけると,店員さんが記念セールは2日前までで,今は記念品の交換のみとのこと。

 すごく残念に思っていると,家内が「来年もやるなら,来年もらえばいいジャン。」と気軽に言う。

 「おいおい,ここは帯広だぞ,気楽にいってくれるよな。」と思いつつ,「これで,来年の帯広旅行が決定したな。」と僕は思った。

 きっとこの時,家内の頭の中では自宅から帯広までの距離と,自宅から東京まで距離が同じだったに違いない。

 六花亭を出て,出口に向うと,店内に行列が出来ている。行列の脇から,店内の厨房を覗くと,シュー生地が焼け天板の上で音を立てているのが見えた。

 できたてのシュークリームを買う人の列である。思わず買おうと口に出かけたところで,家内の携帯が鳴った。

 子供達かと思い,慌てて取ると,家内の母親からである。

 家内の父親がこの夏の暑さで体調を崩したため,家内が養命酒を送った。これが届いたとのお礼の電話である。

 いい世の中である。どこにいても,いつもと同じに家族と連絡がとれる。

 固定電話ではこうは行かない。

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