青春を走る期間はほんのわずか。

緑と海風にかこまれた南房総の子供達は、

ほんのわずかなその時を、

朴訥に、生真面目に応えていく。

 

「負けて、負けて」

秋、3時間を超えるゲームになった。

一時は7点差をあった試合を、じりじりと追い上げ、

やっと逆転したのが8回裏。しかし、すぐさま逆転され、最終回を迎え、

そのまま破れる。ブロック予選決定戦のことだった。

春、決定戦でまたもや敗れる。投打共に、完敗だった。

 

苦しい、一年だった。

前チームからレギュラーをつとめ、勝負強い打撃で中軸を打つ星野ユウキは、

秋も、春もその打棒をいかんなく発揮し、夏もあわせると公式戦の打率は、5割、いや

6割以上の勝負強さ。しかし、負ける。

自分が打とうが、どうしようが、負ける。

叱られ、たたかれ、どうしてとこうべをたれる。

3番を打つエース・大道、5番を打つ主将・安西、と来る日も来る日も

うまくいかない責任を痛感する。

負ければ負けるほど、わからなくなる。打っても打っても、つらい負け。

 

「必死」

校歌を一度も歌わずにあがっていった(卒業していった)先輩はいたのだろうか?

そんな思いも巡ってくる。不安。

練習試合ではそこそこ戦える。それでも、不安。

負けになれたチームが目の色がかわったのは、

春の予選で完膚無きまでに叩かれてからか。

 

夏、校歌を2回歌うことができて、真の力が試される3回戦。

序盤のリードがじりじりと相手につめよられる。

星野は、緊迫の中盤で、2点差に広げるタイムリーを放った。

しかし、その後逆転され、1人で投げ抜いてきた大道の肩が大きく揺れ出す。

何とかしてやりたい、その想いが届くか。終盤の星野の快音は、左中間に大きい弧を

描いた。しかし

フェンス際でレフトに好捕された。あと1メートルが遠かった。

 

「ボクの練習不足です」あと1メートル足りなかったのは、

自分の努力不足と嘆く星野の顔は、男の顔に近づいていた。

 

負けることはある。うまくいかないことばかり。

その時にへこんでいても明日になってしまう。

そこをどうやって乗り越えるか。

毎日、毎日、それをグランドで突きつけらてきた選手達。

大丈夫。

漲る青春の宝庫が、必ずあなたの力になっているから。

 

「声を枯らして」

練習でも試合でも、これだけ名前を呼んで、呼ばれて、というスポーツは稀だ。

それもその声が耳に入る。

止まっている時間の長いスポーツだからこそ、

手を合わせて祈る、指を指して願う、腕を回して思う、声をからして賭ける、

そういったシーンがいかに多くて、いかに、結束を創るか。

 

3塁コーチャーズボックスで腕を回し続けた3年生・寺崎は、

これもうまくいかないことばかり。

しかし、チームの元気、チームの活力を一手に引き受けたこの男は、

いつでも元気に、声をからして、名前を呼び続けた。

呼ばれることより、呼ぶ仕事を心の底から選び、必死になって努めたのだ。

ナーバスで、繊細な選手達を周りから鼓舞し続けた寺崎の思いは、深く遠慮がちだ。

仲間達もそれを知っているから、夢を託す。

小さな頃からこの野球部にあこがれていた

「全力疾走」とその試合における元気なベンチまわりを欠かさず体験したいという、

強い思い、それも彼らの高校野球だった。

 

「願うこと」

うまくいかないことのほうがはるかに多いはず。

投げ出すのはカンタン。

投げ出すわけにもいかない時はどうするか。

さまざまな力により、そこに向かっていった高校生の財産は、

必ず、心のうちに、胸の奥に、しっかりと宝石になって残ることだろう。

 

2006年春、

安房高らしい、南房総の野球の子が巣立つ。