人間におけるリグナンの生成

――微生物の関与および癌と関係する可能性について

Lignan Formation in Man――Microbial Involvement and Possible Roles in Relation to Cancer.
Lancet July 4 1987(註1)
Setchell, K.D. et al. Division of Clinical Chemistry, Hospital Infection and Perinatal Medicine, Clinical Research Center, Harrow, Middlesex.
Kirk,D.N. Department of Chemistry, Westfield College, Hampstead, London.
Adlercreutz,H. Anderson,L.C. Department of Clinical Chemistry, University of Helsinki, Meilahti Hospital, Finland
Axelson, M. Department of Chemistry, Karolinska Institute, Solnavagen, Sweden.

抄録: 人間におけるリグナン生成の研究は、選択的な抗生物質の投与によりこれらの新しい物質が腸内細菌によって作られることを証明した。 メトロニダゾールを投与した後に採取した便の細菌学的検査は、クロストリディウム菌がこの高級芳香族化合物の生成をしていることを示している。

序論:
 多くの天然に存在する植物性リグナン、殊にポドフィロトキシンに抗細胞分裂活性があることから、抗癌剤として用いられる可能性のあるその他の天然または合成リグナンの探索が始められた。 多くのリグナンが試験管内でも生体内でも動物の腫瘍に効果があることが証明され、その中の幾つかは臨床試験に用いられたが、毒性の問題から応用されるに至らなかった。
 幾つかのリグナンは人間やある種の動物の尿や胆汁、血漿中で同定された。 最も重要な二つのリグナンは、エンテロラクトンtrans-2,3-bis(3-hydroxybenzyl) butyrolactone ( enterolactone)と、エンテロディオール2,3- bis(3-hydroxybenzyl)butane-1,4-diol (enterodiol)として同定されているが、図1の様にこれまでに発見された植物性リグナンと構造が異なっている。
 我々はこれらの二つの動物性リグナンに、以前はHBBLとHBBDとして引用されていたが、エンテロラクトンとエンテロディオールと言う用語を採用すべきであると提案する。 エンテロラクトンはHPMEとも呼ばれている。
 これらの物質に対する我々の最初の関心は、月経周期に伴いこれらの物質の尿中排泄が周期的に変動し、黄体期に最高になると言う観察から生じた。 これらの新しいリグナンは尿中濃度が相対的に高く、月経周期で周期的に排泄されるパターンを示し、また妊娠初期に排泄が増えることは生理学的な役割を持つ可能性を示している。 初期のデータはこれらの物質が卵巣で作られているのか、これらの生理学的な変動が卵巣機能により調節されていることを示唆した。 卵巣からの血液でエンテロラクトンのグルクロン酸抱合物の測定により、卵巣での生成は否定された(未発表)。 エンテロラクトンとエンテロディオールの尿中や胆汁中の排出を、無処置のラットと無菌のラットで研究して、これらの物質の生成場所を腸と確認した(Axelson)。 これらの観察から、我々はリグナンが人間においても腸内で作られる可能性を確かめることを促された。

方法と結果:
オキシテトラサイクリンの投与
 健康人に広域スペクトルの抗生物質、オキシテトラサイクリン、を250mgづつ一日4回、6日間経口的に投与した。 二つのリグナンとも尿中排泄が直ぐに著明に減少し、抗生物質投与後2〜3日リグナンの排泄は検出できなくなった(2図)。 抗生物質投与の終了とともにリグナンの排泄は次第に増え、3人の中2人ではこの時期にエンテロラクトンの排泄量はエンテロディオールを上回った。 この被検者から採集した便のサンプルで測定したエンテロラクトンの排泄は2図の上段のグラフに示してあり、オキシテトラサイクリン投与中は著明に減少している(図3)。
メトロニダゾールの投与
 二人の健康人でメトロニダゾールを400mgづつ一日3回8日間投与している間、二つのリグナンとも尿中排泄が著明に低下した。 この抗生物質に対する反応は4日目に最大となり、一人ではリグナンは検出されず、もう一人でも相当に減少した(図4)。
 抗生物質投与前と投与中に採集された便の細菌学的検査結果は表1にまとめられている。 メトロニダゾール投与前後の好気性菌と嫌気性菌の数に殆ど変化はなかったが、嫌気性菌を厳密に調べるとクロストリディウム菌の数には著明な変化があった。
 尿中リグナンが検出されなかった人では、クロストリディウム菌は便から検出されなかった。
他の1人では、便中にクロストリディウム菌が存在したが、尿中のリグナン排泄の減少に伴って菌数は減少していた。
エンテロラクトンのエストロゲン活性
 エンテロラクトンのエストロゲン活性はマウスの子宮重量に及ぼす作用から評価した。 モル濃度の等しいエストラディオール―17-βと合成したエンテロラクトンを(体重当たり0.05―1.6μmol/kgを0.3%のエタノール生理的食塩水に溶解して)未成熟の雌のマウスに皮下注射した。 24時間後にエストラディオール―17-βに対する反応が最高に達した後、マウスを殺した。 エストラディオール―17-βは子宮重量に変化を起こしたが、リグナンでは子宮重量に変化は見られなかった。 エンテロラクトンの用量を22.5と67μmol/kgに増やし、ピーナッツ油に溶かして注射してさえも反応はなかった。 一方、エストラディオール―17-βでは0.5μmol/kgで最大の反応が見られた。 肝臓と腎臓の重量は大量のエンテロラクトン投与でも、35匹のマウス中どれでも変化はなかった。
試験管内細胞毒性試験
 合成エンテロラクトンは100μg/mLの濃度で、試験管内で増殖しているヒト・リンパ球への[H3] thymidineの取り込みを阻止した。 1μg/mLと10μg/mLの低濃度ではリンパ球とエンテロラクトンを72時間接触させても効果が見られなかった。 我々はこの効果が細胞毒性cutotoxicityによるのか、細胞分裂停止cytostasisによるのか検討中である。 細胞融解は、  72時間後にも細胞が形態的変化をしていないことから、Thymidineの取り込みには関係がないと考えられる。

考察
 選択的抗生物質投与によって、人間におけるリグナンの生成が細菌の作用によることを確認した。 広域スペクトルの抗生物質オキシテトラサイクリンを経口投与すると、リグナンの生成と尿中への排泄は妨げられた(図2)。
 ヒトとラットの尿と胆汁において、リグナンは殆どグルクロン酸抱合物glucuronide conjugatesとして排泄される。 しかしながら、大便ではエンテロラクトンは非抱合物として排泄され、それはその他殆どの物質の便中排泄と同じである。 胆汁酸やステロイドの様に腸肝循環(註2)をするその他の物質は、細菌による脱抱合化bacterial deconjugationを受けるので、便中に非抱合物として排泄される。 これらの物質ではオキシテトラサイクリンの投与後には抱合された代謝物の増加が見られる。 リグナンの場合にはこれと違って、抗生物質投与後に非抱合エンテロラクトンの便中への排泄は著明に減少し、抱合リグナンは発見されないままである(図3)。 これらの事実はリグナンの腸内細菌による生成と一致する。 
 メトロニダゾールを二人の被検者に経口投与すると、尿中リグナンの排泄は著しく変化した。 一人目では二種類のリグナンの尿中排泄は4日後には見られず、もう一人では排泄は見られたものの著しく減少していた(図4)。 メトロニダゾール投与に対するこれらの反応し方は、恐らくメトロニダゾールの消化管内細菌叢に対する効果に個人差があることを反映しているのであろう。
 便の細菌学的検査において、好気性菌も嫌気性菌も総数には変化を生じなかった。 然しながら、厳密に嫌気性菌の種属を分析してみると、尿中にリグナンを検出できなかった人ではクロストリディウム 属は発見されず、尿中リグナンが著明に減少していた人ではクロストリディウム 属は減少していた(表1)。 これらのデータは、クロストリディウム がヒトのリグナンの生合成に関与しているであろうとを示唆するが、この研究において測定しなかった他の嫌気性菌も関与しているかも知れない。 また便中細菌叢の変化の分析によって得られたデータが必ずしも盲腸(cecum)で生じている変化を反映していないかも知れない。 腸内細菌叢がリグナンの生成に関与している可能性は、生後一週間の小児が比較的単純な細菌叢を持っていて、その尿中にリグナンが殆ど検出されないと言う事実を説明するのに役立つであろう。 
 月経周期の間にリグナンの排泄に周期的なパターンがあることは、リグナンの細菌による生成、その再吸収、あるいは肝内での代謝が、ホルモンによってコントロールされている可能性を示唆する。 黄体期に最大の排泄が起こる周期性は、最初我々にこの新しいグループの化合物が黄体を溶解する役割を持つ可能性を推測させた。 
 これらのリグナンの高級芳香族構造と、エストロゲンとの物理化学的特性の類似性から、殊にこれらの物質がフェニール環を持っていて、それがこの様な活性を持つ化合物に共通していることから、これらの物質がエストロゲン性または抗エストロゲン性活性をもつかも知れないことを示唆している。 合成エンテロラクトンのエストロゲン活性はマウスの子宮重量への全身的作用の分析によって研究された。 未成熟のマウスの子宮は弱いエストロゲンや或る種の抗エストロゲンに反応し易い。 エンテロラクトンにはエストロゲン活性はない。 しかしながら、エンテロラクトンとエンテロディオールが抗エストロゲン活性をもつ可能性は、まだ評価されていない。
 合成エンテロラクトンは培養されたヒト・リンパ球に細胞毒性を発揮し、チミジンthymidineの取り込みを妨げる。 エンテロディオールと幾つかのメチール化したリグナンは尿中には少ないが、細胞毒性の活性を持つかも知れないので、テストを要する。 腸内でこれらの物質の生成や吸収が行なわれている特殊な場所があるかどうか、なお明らかにしなければならないが、尿や便に大量のリグナンが排泄されていることは、腸内に局所的に高濃度で存在する可能性を示唆している。
 これらのリグナンが直接摂取されたものに由来するとは考えにくい。 ここで示したデータに加えて、以前のデータもリグナンの生成に細菌が関与していることを示しているからであり、全ての既知の植物性リグナンは光学的に純粋な形をしているのに、これらの動物性リグナンはラセミ化合物である。
 人間においてこの新しいグループの化合物が発見されたことによる最も興味ある観点は、多くの植物性リグナンやその合成類似物が抗細胞分裂活性を持つ事実であり、幾つかのリグナンが抗癌剤として臨床試験で用いられたけれども、多くの場合に毒性が応用を制限している。 
 このことは、リグナンが抗癌剤として用いられるか、あるいは化学構造の性質からして発癌性があり、腫瘍を促進するだろうかと言う興味を誘われる。 多くの核脱水素性の(註3)クロストリディウム菌が大腸癌患者の便の中で増加している。 更に、クロストリディウム属の菌が試験管内で胆汁酸などの化合物を、潜在的に発癌性あるいは助発癌性cocarcinogenicの活性を持つ、不飽和の、あるいは芳香属の化学構造に転換する能力があることは、生体内でも同様な反応が起こるかもしれないことを示唆し、細菌が大腸癌の病因論に関わってくると言う仮説に導いている。 然しながら、今までの所では大腸癌の患者の便にこの種の異常な化合物があると言うことを証明する研究はない。
 リグナンが発癌性あるいは助発癌性を持つと言う二者択一的な可能性は、その高級芳香属構造と発癌性化合物の分子量との類似性や、ここに提示した様に、リグナンが腸内細菌、恐らくクロストリディウム属の菌によって生成されることを示唆する事実と合わせて、更なる検討を要する。 


註1:コピーの端に来て、198・の後は読めないので、何年度か分からない。
註2:肝臓から胆汁を経て腸に入り、再吸収されて血液から肝臓に戻る循環。
註3:nuclear dehydrogenating