食品からの動物性リグナンの生成

J. Nutrition and Cancer 16(43--52)1991
L.U.Thompson et al. University of Toronto.

抄録: 
大腸内で食品中の前駆物質から生成されるエンテロラクトンやエンテロディオールなどの動物性リグナン(註1)が、菜食主義者に癌予防効果を果たしていることが示唆されて来た。 それにもかかわらず、種々の食品から生成されるリグナンの量については殆ど知られていなかった。 
この研究の目的は68種類の一般的な植物性食品からの動物性リグナンの生成量を測定することである。 そこで、人間の便中の微生物を用いて大腸(註2)内の醗酵をシミュレートする試験管内醗酵テクニックを用いた。 
生成されたリグナン量にはサンプル100g当たり21〜67,541μgと言う開きがあった。 各群の平均では、脂肪種子oil seedsが(20,461±12,685)と最も高く、次いで乾燥した海藻(900±247)、豆の全体(562±211)、穀物の糠(またはふすま)cereal brans(486±90)、豆の莢legume hulls(371±52)、全穀粒whole grain cereals(359±81)、野菜vegetables(144±23)、果物fruits(84±22)であった。 乾燥した重量moisture-free basisで表せば野菜のリグナン生成濃度(1,546±280)が二番目に高かった。 亜麻の実の粉末flourとその脱脂肪したひき割りdefatted mealはリグナンの生成量が最も高く60,110±7,431であった。
試験管内分析法によるリグナンの生成量は、ラットとヒトにおいて観察された尿中リグナン排泄量と良い相関を示した。 このデータは食餌からのリグナン生成量を評価する上でも、癌のリスクを減ずる目的での高リグナン生成食の公式化にも有用であろう。

序論
菜食主義、あるいは半菜食主義の国々では癌の発生率が低いが、菜食主義の食餌が発揮する予防効果のメカニズムはなお不明である。 食餌性線維摂取量が多いことが部分的な原因であろうとは考えられて来たが、食餌性線維摂取の全量と大腸癌発生率の減少に関する多くの研究結果には食い違いがあった。 恐らく、線維のタイプだけではなく、線維の多い食餌に含まれるその他の物質も、菜食主義の食餌による健康上の恩恵の決定要素であろう。 これらの思いつかれる物質の一つはリグナンやその前駆物質である。 
リグナンは構造に違いのある物質群であるが、一般にディベンジールブタンdibenzylbutane骨格を持っている。 以前は高等植物だけにある構成成分と思われていたが、最近ではリグナンは動物や人間の生物学的な液体(血液、尿など)でも発見されている。 リグナンが癌のリスクを減少させるという証拠はまだ明らかではないが、リグナンの生物学的な特性と疫学的なデータはその可能性を示している。 多くのリグナンは抗腫瘍性、抗細胞分裂性、抗酸化性、弱いエストロゲン性、そして抗エストロゲン活性を持っている。 その中の幾つかは、アメリカ国立癌研究所の化学療法プログラムで研究に用いられている、多くの腫瘍の発育を妨げることが証明されている。 さらに動物性リグナンの尿中排泄は非菜食主義者や、乳癌のある閉経後の女性では健康な対照群より低いことが分かった。
リグナンが癌のリスクを下げる潜在的な意義があるにも関わらず、どの食品がリグナンやその前駆物質を含んでいるのかについては余り知られていない。 動物性リグナンは、第一にエンテロラクトン[trans-2,3-bis(3-hydroxybenzyl)-γ-butyrolactone]とエンテロディオール[2,3-bis(3-hydroxybenzyl)butan-1,4-diol]とであるが、圧倒的に食餌に含まれている植物性リグナンや前駆物質に由来すると考えられている。 無菌で飼育されているラットや抗生物質を投与されているヒトでの研究から、動物性リグナンの生成には腸管内の細菌の存在が必要であることが証明されている。 試験管内の研究からも、ヒトの便中の細菌叢によって食餌性前駆物質から動物性リグナンが効率よく生成されることが示されている。 これらの事から動物性リグナンの生成場所は大腸であると考えられる。
最近、我々はヒトの便中微生物を用いて大腸内醗酵をシミュレートする試験管内醗酵法を開発した。 動物性リグナンが大腸内での醗酵過程で生成されると考えられるので、植物性リグナンやその他の動物性リグナンの前駆物質があるかどうか食品をスクリーニングするために、この試験管内検査法は適した方法であろう。 この研究の目的は、このような方法によって種々の食品からの動物性リグナンの生成を測定することである。 

材料と方法
 表1に動物性リグナンの生成を研究した食品サンプルのリストを示した。 これらのサンプルは地元のスーパーマーケットで入手し、60メッシュの濾過器を通過するようにすり潰した。 果物と野菜は凍結乾燥してからすり潰した。 すべての新鮮な材料と凍結乾燥材料の含水量moisture contentはオーブン乾燥法oven-drying methodで測定し、現状のままの生wet (as is) basisと乾燥材料dry basisからのリグナン生成量を推定できるようにした。
 これらのサンプルは、最近われわれが発表した論文に記載したとおりに、健康なボランティアから採集した便中微生物により大腸内醗酵を試験管内でシミュレートするのに用いられた。 サンプルを0.5〜1.0g量りとって、100mL(註4)の血清入りのボトルに入れる。 サンプルを完全に水化するために、醗酵培養基medium(註3)を培養開始の凡そ12〜24時間前にサンプル加えた。 血清入りのボトルの内容物は還元液を2mL加えて還元し、溶液が無色になるまで二酸化炭素を注入した。 還元液は新しく用意した1.25g/100mLの硫化ソーダNa2S・9H2O液と、水酸化カリウム液5.0g/mLとシステインcysteine・HCl1.25g/mLを加えた混合溶液とを容量比で1:1に加えて作製した。 ボトルはブチールbutylゴムで出来た栓で塞ぎ、金属シールで締め付けて一晩冷蔵庫に保管して、細菌増殖の可能性を制限した。 孵化器に入れる1〜2時間前に、ボトルを37℃の水の中に置いた。
 通常の西欧風の食餌をしていて、6ヶ月以上抗生物質を用いていない健康な成人から新鮮な便を採取した。 各大便のサンプルは、400mLの採集培養基を入れたタールを塗ったブレンダーに集められた。 これは37℃に暖められていて、無酸素状態にしてあった。 この採集用培養液は蒸留水、醗酵培養液、還元液を容量比で15:5:2の割合に配合してある。 湿気を帯びたままの便を採集培養液で66.6g/Lに稀釈し、30秒間ブレンドして便中の線維から線維溶解性微生物を分離した。 その上で41μmのナイロン膜を通して搾り出し、グラスウールで濾過して線維粒子を除去した。 この接種材料inoculumを10mLづつ各血清ボトルに注入した。 接種作業は便の採集から10〜15分以内に終了した。 便の採集から接種まで、便の内容物、溶液、容器は絶えず二酸化炭素で充たされ、嫌気性に保たれた。 血清ボトルは規則的な時間間隔で旋回された。 48時間後に、ボトルを開けて硫酸銅溶液(10g/L)を1mL加えて、微生物を不活性化した。 最後の溶液は動物性リグナン(エンテロラクトンとエンテロディオール)の分析に用いられた。
 リグナンは2組に分けて、毛細管ガスクロマトグラフィー法変法により測定した。 試験管内消化物digesta 20mLから、反転相reverse-phaseのoctadecysilaneと結合したシリコン・カートリッジsilica cartridge (Speed C-18; Applied Separations, Bethlehem, PA)でリグナンを抽出し、5mLの蒸留水で洗った。 シリコン粒子に吸着されたリグナンは4mLのメタノールで溶出して、乾燥状態にした。 この抱合グルクロン酸化合物glucuronideは再び0.5M, pH4.5の酢酸ナトリウム緩衝液5mLに溶解し、50μLのβ−グルクロニダーゼ(Sigma Chemical, St. Louis, MO)を加えて、一晩37℃に保ち酵素的に加水分解した。 次いで非抱合型リグナンはこの加水分解物から、別のC-18カートリッジで抽出され、更にDEAE Sephadexイオン交換カラムion-exchange columnで純化・抽出して、メタノール液の中に水酸化型OH-formにしておいた。 リグナンは二酸化炭素ガスで飽和してゲル状態からメタノール液で溶出し、hexamethylidisilazane?trimethyl-chlorosilane?pyridine溶液(容量比3:2:1、Sigma Chemical)を加えて15分間60℃に加熱して誘導derivatizeした。 次いで、ガス・クロマトグラフィーと焔光イオン検知器flame ionisation detector (Hewlett-Packard, Avondale, PA)を用いて分析した。 その際、水素をキャリアー・ガスとして用いた。 規準internal standardとして用いたのは5α-androstron-3β,17β-diolとstigmasterol(Steraloids, Wilton, NH)である。
 結果は、それぞれ異なった便提供者からの材料と各サンプル二組に分けて行なった醗酵での平均値を表している。 醗酵は48時間かけて行なわれたので、醗酵過程の間の変動は低く25%以下で、便提供者間の変動は醗酵時間と共に少なくなると言う我々の以前の研究と一致した。

結果
(文が一部分欠損しているので翻訳中止)

註:
1) 動物性リグナンと訳したが、原文では哺乳類性リグナンmammalian lignanである。
2) 大腸と訳した部分にはcecum and colonとあった。 Cecumは医学用語では盲腸であるが、虫垂と誤解されやすいので、結腸colonと合わせて大腸と訳した。 
3) 培養基mediumと訳したが、培地とした方が良いかも知れない。
4) ミリリットルをmLと記載したのは、mlとした場合にl(エル)が1(イチ)と区別しがたいので、混乱を避けるためである。
カラム・クロマトグラフィー法に関する知識が乏しいので、恐らく誤訳があると思われる。