亜麻の実補充による乳癌の発癌初期リスク・マーカーに対する効果

Cancer Letters, 60(1991) 135〜142 Elsevier Scientific Publishers, Ireland Ltd.
M. Serraino and L.U.Thompson
Department of Nutritional Sciences, University of Toronto,Canada

概要
 リグナンにはある種の癌予防効果があると示唆されているので、リグナン前駆物質が最も豊富にある亜麻の実について、乳癌の発癌初期リスク・マーカーに対する効果を試験した。 雌ラットの乳腺において、高脂肪食飼育に亜麻の実の粉末flaxseed flour(FF)あるいは脱脂した亜麻の実のひき割り粉flaxseed meal(FM)を5%〜10%補充すると、上皮細胞の増殖を38.8〜55.4%、細胞核の異常を58.8〜65.9%減少させた。 最適な効果はFFを5%補充した場合に見られた。
 この予防効果には尿中リグナン排泄量の増加が伴っていて、亜麻の実がリグナンの前駆物質を供給できることを示している。

序文
 乳癌発生率は菜食主義あるいは低脂肪、低蛋白、高線維食をとっている国々では低い。 線維に関連した幾つかの物質が癌予防効果を発揮していると考えられる。 近年、ヒトや動物の(尿などの)生物学的液体に見られるリグナンが注目を浴びている。
 哺乳動物のリグナンの主なものは二つあり、エンテロラクトン[trans-2,3-bis(3-hydroxybenzyl)-γ-butyrolactone]とエンテロディオール[2,3-bis(3-hydroxybenzyl)butan-1,4-diol]である。 これらは穀物や線維の多い食品に含まれる前駆物質から、腸管内で細菌の作用によって生成される。 そして腸・肝循環を経て尿中にグルクロン酸抱合物glucuronide conjugateとして排泄される。 リグナンが乳癌のリスクを下げることができるかどうか、まだ立証されていない。 しかしながらその可能性は次の二点から示唆されている。 疫学的データによれば肉食主義者と乳癌患者では菜食主義者よりも尿中リグナン排泄が少ないこと、リグナンには抗腫瘍性、高オキシダント性、弱エストロゲン性と抗エストロゲン性が見られることである。
 この研究の目的は、腫瘍促進性のある高脂肪食にリグナンを大量に生成する亜麻の実を補充することによって、乳癌のリスク・マーカーを下げることが可能かどうか証明することである。 発癌に影響のあり得る、亜麻の実あるいは他の供給源からの哺乳類のリグナン生成レベルは知られていないので、食事中の亜麻の実補充を種々なレベルで試験した。
 精製されたリグナンと対比して見るならば、亜麻の実全体を用いることは、亜麻の実に含まれる他の成分も発癌に何らかの影響があり得るので、研究デザインを複雑化させる。 しかしながら、リグナンは単離や合成が困難であって商業ベースでは入手できない。 また亜麻の実は、菜食主義者が一般に食べている植物性食品の100〜800倍と言う例外的に高レベルに動物やヒトのリグナン生成の前駆物質を持っていることからも、亜麻の実補充食は高リグナン生成食の癌予防効果を研究するのに適当なモデルと考えられる。

材料と方法
動物
 乳離れしたばかり、生後21日の雌のスプレイグ・ドーリー系ラット(Charles River, St. Constant, Quebec)を、一匹づつ、24℃で、12時間ごとに明暗を変えるサイクルで照明したステンレス・スチール製のケージで飼育した。 標準ラット食(Purina, St.Louis, MO)で飼育して一週間の適応期間の後に、ラットはランダムに5群、14匹づつに分けられた。
食餌
 ラットはすべて半合成的基礎食で、5%または10%の亜麻の実粉末(FF、Essential
Nutrient Research Co., Manitowoc)、あるいは脱脂した亜麻の実ひき割り粉(FM;
MapleLeaf Monarch Co.:Windsor, Ont.)を補充したものと、補充しないもので飼育さ
れた。 FMとFFとはFFに含まれる脂肪の影響をコントロールするために用いられ
た。 脂肪を除去することによって食餌中のリグナンの前駆物質が濃縮され、亜麻の実
摂取レベルを増加せずに前駆物質を多く供給することになる。 食餌組成は、コーン・
スターチを含水炭素供給源とし、高脂肪(20%コーン・オイル)を供給する以外は、アメリカ栄養研究所American Institute of Nutrition(AIN-76)に従った。 FFとFMはそれぞれ38%と2.8%の脂肪を含むので、亜麻の実補充食では総食餌脂肪濃度が20%になるようにコーン・オイル追加量を調整した。 従って亜麻の実オイルは5〜10%FFでは1.9〜3.8%、5〜10%FMでは0.14〜0.28%となった。 これらの材料はコーン・スターチ(St. Lawrende Starch Ltd, Mississauga, Ont.)とコーン・オイル(Mazola, Toronto, Ont.)を除いて、ICN Biochemicals (Costa Mesa, Ca)から入手した。

飼育方法と組織準備
 食餌と水を4週間は自由にad libitum取らせた。 毎日新鮮な餌を供給し、全ての餌は週ごとに準備して凍結保存した。 餌の摂取量は毎日、体重増加は一日おきに計測した。 
4週間の飼育期間が終わった時、ラットは2つのサブグループに分けられた。 一つのサブグループには体重当たり1mg/kgのコルヒチン(Sigma Chemical Co.,St. Louis MO)とチミジン[3H] thymidine (Amersham, Arlington Heights, IL)を体重当たり1μCi、比活性48Ci/mmol注射し、2時間後に殺して細胞分裂指数(MI)と放射能ラベル指数(LI)などの細胞増殖指数を既述の方法に従って計測した。 他のサブグループは発癌物質ディメチールベンゾアントラセン7,12- dimethyl benz[a]anthraceneを体重当たり100mg/kg(DMBA; Eastman Kodak Co.,Rochester, NY)コーンオイルに32mg/mLに溶かして、一回胃内投与した。 24時間後には殺して細胞核の異常nuclear aberration(NA)を既述の方法によって計測した。 この短期間の分析では、発癌物質によって組織内に生じた染色体の傷害程度を測定した。 
殺処分後、乳腺をつけて皮膚を除去し、コルク・ボードに皮膚側を下にして引き伸ばしてピンで留めた。 この皮膚を10%の緩衝フォルマリンに最小限48時間浸して組織を固定した。 胸部の乳腺を切除して既述の方法で組織学的検査に用いた。 LI、MI、NAは放射能でラベルされた細胞(DNA合成中の細胞)数から判定した。 乳腺全体の上皮細胞と、個々の組織、即ち末梢芽状突起terminal end bud (TEB)、末梢乳管terminal duct (TD)、と腺房芽状突起alveolar bud (AB)での、細胞100個あたりで分裂中期でとまった細胞と、細胞核に傷害のある細胞を判定した。 これらの構造はよく例証された。
リグナンの分析
殺処分の一週間前に、各グループから7匹を物質代謝ケージに入れて4日間尿を採集した。 尿のサンプルはプールして、既述の方法で毛細管ガス・クロマトグラフィー変法によって総リグナン(エンテロラクトンとエンテロディオール)の分析を行なった。
統計学的分析 
結果は一元配置分散分析法で分析した後、ダンカン・テストDuncan’s testあるいは対応のないt-検定unpaired t-testを行なった。 細胞増殖係数、NAと尿中リグナン排泄の間の相関分析も行なった。 分析はすべてパソコンのSASプログラム(SAS Institute, Inc.,Cary,NC)を用いて行なった。

結果
 5%FF食と10%FM食で飼育したラットの体重増加は対照群と変わらなかった。(表1) しかし、5%FM食と10%FF食で飼育したラットの体重は対照群より有意に重く、恐らく食餌のカロリーがやや高かったためであろう。(表1)
 乳腺全体と個々の乳腺組織(TEB,TDとAB)のMIは、亜麻の実投与群では対照群よりも概して低かったが、統計学的な有意差は5%と10%のFFで飼育したラットのTEBにおいてのみ見られ、それぞれ52.3%と55.4%低かった。(表2)
 乳腺全体と個々の乳腺組織のLIは亜麻の実投与群で対照群よりも低かったが、5%FFで飼育したラットのTEBにおいてLIが38.8%低いだけであった。(表3)
 MIやLIと同様にNAも概して亜麻の実飼育群で対照群よりも低かった。(表4) 有意な減少は、5%FFで飼育した群のTEBにおいて65.9%であり、5%FMで飼育した群のTDで63.9%、10%FMで飼育した群のTDで60.8%であり、ABでは10%FM飼育群で58.9%、10%FF飼育群で65.2%であった。 ABは乳腺組織総体では10%FM飼育群で58.8%の減少が見られた。
 乳腺の三種類の構造について得られたデータを総合すると、NAとLIの間でn=15;r=0.872;Pは0.0001以下、NAとMIの間でn=15;r=0.791;Pは0.005以下の有意差があった。 LIとMIとの間にも有意の相関関係があり、n=15;r=0.938;Pは0.0001であった。
 5%と10%のFM食で飼育したラットにおいて細胞増殖指数、即ちMIとLIとNA、に有意差はなかった。(表 2〜4) 5%と10%のFF食で飼育したラットでも細胞増殖とTDおよび全体の組織におけるNAに有意差はなかったが、TEBとABにおけるNAに有意差が見られた。
 尿中への、エンテロラクトンとエンテロディオールを合わせた総リグナンの排泄は、基礎食のみを与えられたラットでは非常に低かった。(表5) 亜麻の実を補充するとリグナンの尿中排泄量は有意に増加し、10%FMで最も高く、5%FFでは最も低かった。 しかし5%FF飼育群と5%FM飼育群や10%FF飼育群とは尿中リグナン排泄量に有意差はなかった。 これはグループ内の変動が大きいことに起因する。 尿中リグナン排泄量が細胞増殖の諸係数およびNAと、乳腺の個々の構造(TEB,TDとAB)において線型相関を示さない一方、平均リグナン排泄量と乳腺全体での平均NAとの間に(n=5;r=−.940;Pは0.025以下)の有意な負の相関がある。(第一図)

考察
 この研究は・・・(以下,コピーが中途で終わっているので省略)




註:
TEB,TDとABは、それぞれ日本乳腺疾患研究会でterminal duct−lobular unit, terminal duct, terminal lobular unitと呼ばれているものに相当すると思われる。