高皇産霊神社の歴史と高井
− 大正時代 −
○ | 大正12年の地震の時に神輿も壊れました。修理する時に神輿に越組を取り付けたらしい。彫刻も壊れ直した。(彫り方が3通りある。)神輿の下の台もこの時作り直したらしい)台の木の厚みを90oから36oに薄くし、材質も欅から桧に変え軽くしたらしい、その結果神輿の総重量が四俵半(270kg)の重さになりました。(厚み90mmとは、昔使用していた担ぎ棒の切り込みが90mm位ありました。)(修理職人不明) | |||
○ | 大正14年8月4日 北条町高井4番地・高木久平82才が拝殿前に狛犬を建立する。(石匠 長須賀 吉田亀石) | |||
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○ | 大正時代後期頃、奥の院の立替が行われる。奥の院の中に御宮の唐戸脇に梅の花と鎧の彫刻がある。(大工 渡辺常吉ほか高井の大工) | |||
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