高皇産霊神社の歴史と高井

− 平成時代(1) −


  平成2年 「幟」新しい物を購入する。
   
平成2年 道路の拡張の為、鳥居下の階段止め、鳥居を作り直す。(鳥居当時150万円 製作 計工務店)
   
平成3年1月 平成天皇の御大典の記念石碑を建立する。(区長 石川益夫、製作 渡辺石材)
   
平成4年 拝殿の瓦の屋根の修理、鬼瓦を残して瓦の取替えと、下地の修理をする。(工事 渡辺建設)
   
平成6年 集会所建築。 元子守り舎後に建築しました。(工事 渡辺建設)
   
平成7年 集会所の外の物置を2ヶ所増築、神社の資金で作る。それと集会所の中に担ぎ棒の台2セット分を作る。(製作 渡辺大工)
   
平成9年7月 神輿の下の台のメッキ・漆塗りの修理を行う。壮年会からのお願いで神輿を出し、町内を担いで、お披露目を行った。(大雨だった) その後、集会所で食事会を行った。青年長 角田 重明(修理 中村神仏具店)
 
平成9年8月から 青年会から分かれ高井奏楽会が始まった。青年会から運営資金を貰う約束をする。(奏楽会初代会長 木村武久)
     
 
平成11年9月 神輿の前に高皇産霊神社と書いてある提灯を、取り付けて八幡祭礼に出祭する様になる。製作は奏楽会の会員 早川克巳・小宮利幸他で作る。(奏楽会会長 小宮文夫)
   
平成13年7月 昭和59年の大修理の時に取替えなかった、宝珠の玉を新しい物に替えた。大きさも宝珠台に合わせた大きい物に替えた。青年会からの申し入れで町内を担いで、お披露目を行った。(とても暑い日でした)その後、集会所で食事会を行った。 青年長 木村武久(製作 中村神仏具店、宝珠の箱を渡辺大工寄付)
 
平成15年3月 鵜戸川橋の完成を祝い、区からの依頼で神輿を出し、渡り始めを行いました。橋の完成を祝う式典も関係者を集め行われた。その後、角田区長の家まで行きました。そして神輿を収めた後、集会所で食事会を行った。
 
平成15年9月 拝殿の回廊のトタンをステンレスに板に張り替えた。拝殿の階段の修理を行いました。(工事 伊藤板金、角田左官)
 
  平成15年9月 「奏楽者の衣装」新しい物を5セットを購入する。(酒井宮司に相談する)
 
  平成15年10月 館山の城祭りの一部として城祭りの一週間前にライオンズ主催の子供神輿祭りに参加し、子供神輿を展示する。
 
  平成16年9月 昨年の9月14日に莫越山神社の神輿の担ぎ棒が高井の神輿の角の柱に当り、神輿が壊れました。それを本年9月に修理しました。(修理 中村神仏具店)
 
  平成16年9月 神社の道路に面している所に、御影石の社号碑を建立する。(工事 渡辺石材)
 
  平成16年9月 青年会の申し入れで、八幡祭礼の渡御・還御の順路を大幅に変更する。本年度から9月14日地元の一部を廻ってから八幡神社へ、9月15日も地元の一部を廻って高井神社へ帰る様になる。駅の方へは行かなくなった。 青年長 渡辺俊幸
 
  平成16年11月 青年からのお願いで、2年計画で始まった神輿への彫刻の話が決まりました。

神輿に釣り合った深見のある豪華な物にする。
 1.正面の蘭間   1ヶ所
 2.正面の唐戸脇 2ヶ所
 3.回廊の所    8ヶ所
 4.階段の所    4ヶ所

全部で15ヶ所を極上彫で注文する。
 氏子総代長    小宮耕一
 氏子総代     角田勲
 壮年長      長谷川欽也
 青年長      渡辺俊幸
 青年彫刻役員 小宮文夫
           渡辺欣信
(青年会・壮年会の寄付と神社の預金等で賄う)

 彫り師 大和田 哲夫(京都で終業し、現在は新潟県長岡市在住)

 ※欄間について
  天の四方を納める四神
   東−青龍
   西−白虎
   南−朱雀(鳳凰)
   北−玄武(亀・亀と蛇)
 神輿は南正面の為、今回は南の方位の朱雀が彫られる。
 
 
  平成16年12月 神輿に彫刻をする為、神輿を分解して彫刻師の所へ送り出す。(中村神仏具店)
 
  平成16年12月 強風が吹いたため奥の院の屋根の銅版がはがされ修理する。古い鳥居を置いてある所の屋根のトタンの張り替え、神輿の中の柱の修理・補強する。奥の院に鍵を付ける、拝殿前にカメラを付ける。(渡辺大工・伊藤板金)