1.桝が池


 岡本城址東方、原岡と豊岡の境をなす聖山の尾根づたいに、桝ケ池と呼ばれる約10メートル四方の暗くて怪しい池があります。
岡本城有事の際の飲料水として利用するものであったと推測されており、どんな干天にも涸れることがなく、また深さも測りしれないほどであるといわれています。
 あたりは、うっそうとした草木に囲まれており、この池で、釣りなどをすると、たたりがあると伝えられています。
昔、川釣の好きな老人が、野良仕事も一段落したので、みなの止めるのも聞かず、桝ケ池に釣りにいったところ、、怪しい怪物を釣り上げてしまい、それと同時に、今まで雲も一つなかった空がにわかに曇り、雷鳴とともに大地を押し流すような大雨が降ってきました。老人は命からがら山を駆け下りると、そのまま床についてしまい、とうとう口もきかずに死んでしまったということです。
 それ以来、やはり桝ケ池はたたると、人々はいっそう近寄らなくなったということです。
 桝ケ池へのアクセスは、比較的山の斜面の緩やかな、原岡側ルートがおすすめ。
 富浦駅下車徒歩30分。





2.おっつぁのトンネル
 大正7年8月13日、安房勝山−那古船形間の開通により、両国と富浦は鉄道により結ばれることになりました。当時の線路は、南無谷あたりで現在よりもやや東側(山側)を走っていましたが、大正12年9月1日に関東地方を襲った「関東大震災」により、南無谷隧道が崩壊したため現在の位置に新設され
ています。
 当時の被害状況を「千葉鉄道管理局史」は、
『南無谷隧道の被害が最大である。上部二ヶ所が崩壊したため隧道中央部約800フィート(約244m)が土砂に埋まり、かつ隧道全長にわたって大小無数の亀裂や変形を生じた』
と記しています。
 この旧南無谷隧道は現在も存在しており、大震災のツメ跡を今に伝えています。なんでも、その昔この隧道を探検した人がいたらしく、中央部に機関車がとまっているとか、兵隊の幽霊がでるとか、また胸までつかる泥の中を泳ぎやっとの思いで、反対側(富山町側)に出られたとかの話が伝えられています。




3.大房岬の弁天洞窟
  大房岬西端の、断崖の洞穴に弁天様が祀られているが、この洞穴はおよそ8kmあまりも先の那古弁天の洞穴まで続いているといわれている。
  那古弁天の洞穴には、しょう乳石が恐ろしく垂れ下がり、地上の閼伽の井と呼ばれる泉には美しく透きとおった冷水が吹き出している。(ちなみに、館山市那古に字閼伽下(あかいした)という地名が現在でも残ってる。)
  あるとき、剛気な猟師が、本当に洞穴が続いているものか調べてみようと、村人達が止めるのを振り切って一人で犬を連れ、大房岬弁天の洞穴に入り込んだことがあった。
  心配した村人達が、双方の洞穴で待っていると、傷だらけになった犬だけが出てきて、ぱったりと倒れたまま息が絶え、猟師はとうとう出てこなかった。
  那古弁天には、天狗が住んでいるという話もあるので、きっと猟師は食われてしまったのだろうと村人達は震えた。それからその洞穴に入ったものは誰もいないが、入り口はいまでも浦賀水道に向かってぽっかりと口を開け、次の人間が入ってくるのを待っている。



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