| DISCS | Special 2001.11.26 |
| Special | Jazz/Piano |
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TOMMY FLANAGAN "Over Seas" 1999 Prestige Records OJCCD-1033-2 |
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「トミー・フラナガン氏(米ジャズピアニスト)。18日付の米紙ロサンゼルス・タイムズによると、16日、動脈瘤(りゅう)による合併症のためニューヨークの病院で死去。71歳」(共同通信)2001年11月20日付の読売新聞朝刊より。
ぼくがこの新聞の記事を目にしたのは、ぼくの27歳の誕生日の朝だった。 彼の代表的なアルバム、57年発表の「Over Seas」はジャズ・トリオの名盤として知られているという。 そしてぼくが所有する、現時点で唯一のジャズ・アルバムでもある。
なぜ、ロック好きであるぼくのHPでジャズのアルバムなのか、と思うだろう。 はっきりいってここでは彼の経歴や、ジャズ界における位置づけについて書くつもりはない。彼についての詳細が知りたいなら、検索エンジンで彼の名前を打てば、本当のジャズ好きによるHPで、いくらでも情報を得ることが出来る。 そして彼が「名脇役」だとか「ピアノの詩人」などと呼ばれていたこと。さらには、彼がいかにジャズ好きの間で愛されていたのたか、などがわかるだろう。
ぼくが初めてこのアルバムを知ったのは、一年くらい前に放映された「WOWOWジャズファイル」という番組を見たのがきっかけだった。 ビル・エバンス、チック・コリアといったジャズ好きでなくとも名前くらいは聴いたことがあるであろうアーティストに加え、彼、トミー・フラナガンの演奏が組まれていた。 出演アーティストの演奏は、わざわざ特番で流すくらいなのだから、どれも高いレベルにあったに違いない。でも、ジャズの音になじんでいないぼくの耳には「すごいなー」とか「よく指が動くなー」といったレベルの感慨を起こすだけのものにしか響かなかった。 でも、彼の音は違った。まず一曲目が始まると「あれ、聴いたことがある」と、横になっていた身体をおもわず起こした。レオン・ラッセルの「A Song For You」だった。「へー」と片肘突きながら聴いていくうちに、いままでの出演アーティストとは何かが違うな、と思い始めた。 のろまなぼくの耳でも、ひとつ一つのフレーズが聴きとれる。しかも、やけに哀愁を帯びていてブルージーじゃん。
本当のジャズ好きの人が読んでいたら怒るかもしれないが、ぼくはこの演奏を聴きながら、大好きなトム・ウェイツの音を思い出していた。 それはいままでぼくが聴いてきた種類の音楽とジャズが、本当の意味でリンクした最初の瞬間だったといっていい。
さっそくその翌日、番組で推薦されていたこのアルバムを購入し、車内で超大音量で流した。そこで聴けたのは、ぼくがいままで聴いてきた音楽、ロック、ブルース、ラテン、R&B、ガレージパンクなどの名盤が発するものと、何一つ違わない音だった。 ぼくの耳がおかしいなんてことは絶対にない。このHPを見に来てくれている人達の中にも、この感覚をわかってくれる人が必ずいるはずだ。
ぼくはこのアルバムを聴きながら、この感覚をどう説明したらいいのかと考え続け、こう結論づけた。 音楽には様々なジャンルがある。でもそれは聴き手の都合で、勝手に線引きされたものにすぎない。 ロックも、フォークも、ジャズも、ブルースも、どれも同じだろう。ほんとうのミュージシャンなら、まずスタイルありきではなく「自分が一番気持ちのいい音」。そこからスタートしてきたはずだ。その音に共鳴したリスナーとの関係が築かれるのは、そのあとだろう。 ぼくが中学生だったころからずっと聴き続け、愛してきたのは、そういったあらゆる音楽に共通する、上級のロック・フィーリングであり、いまここで味わっているものこそが、まさにその感覚なのだ。
素材である楽器の音響を、人情の機微たっぷりの音韻で聴かせるトミー・フラナガンの「Over Seas」は、ぼくにとって、たくさんの思惟を与えてくれた、宝物の一枚なのである。
今回の特集用にインターネットで情報収集していたところ、来日公演を生で見たという人のレポートを見つけた。その中にこんなくだりがあったので、最後に紹介しておこうと思う。 「最近のわたしが見るライブを選ぶポイントの一つに、”今見ておかないと、一生見れなくなるかも”ってものがある。まさに今回のはそれだったかな。」 これを読んで、ぼくは一瞬天を仰ぎそうになってから、ガックリ首を折った。 「そっか、もう生じゃ聴けないんだ」 こんどから好きなアーティストが来日したらできるだけ、同じ耳を持つ、音楽が好きな人と一緒に、生の音を聴きに行こう。 そう心に誓った、独りぼっちの誕生日でした! 以上! | |
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