I Feel Ichihara
(市民グラフいちはら 2001年5月8日)
| I Feel Ichihara (2001.5.28) 今号の市原の仲間たちは、「マンドリーノ・コスモス」の皆さん。 市原が好きなのは仲間がいるから。みんなで、I feelichihara! 初のコンサートを目前に控え、熱の入った練習場におじゃましました。 |
| (記事) |
| いつか、どこかで聴いたことのあるあのメロディ、 郷愁をおびた マンドリンの音色が心に響いてくる地元に根づかせたい、マンドリンの魅力 |
| 第二・四日曜日の午後、国分寺公民館の視聴覚室に美しいマンドリンの音色が響き渡ります。 マンドリーノ・コスモス」初めてのコンサートが目前に迫り、指揮をする田辺秀幸先生の指導にも熱が入ります。 現在のメンバーは約三十人で男女ほぼ半々の構成になっており、毎回の練習には、約八割ぐらいが出席するそうです。 皆さん、熱心で練習日にはテープを持参し、録音して自宅でまたレッスンするそうです。 こんなに出席率がいいのは、単に練習が楽しいというだけでなく、メンバー同士が和気あいあいとしているからではないでしょうかというのはサークルの代表幹事である伊藤保博さん。サークル運営から演奏会の打合わせ、会場の交渉などを一手に引き受けています。 「マンドリーノ・コスモス」が誕生したのは平成七年のこと。マンドリン愛好家の石井忠さんが、ギター愛好家も交えてサークルを発足させました。市原市で初めて、しかも唯一のマンドリンクラブであり、地元の人々にも愛されるような存在でありたいという願いを込めて、市の花である「コスモス」をサークル名に入れたそうです。当時は十数人ぐらいの集まりでしたが、公民館の行事に出演したり老人ホームでボランティア演奏を行ったりするうち、「私もやってみたい」という人や「学生時代に習ったことがある」といった人が問い合わせてくるようになり、メンバーは今も増え続けているそうです。 |



| 合奏の決め手、それはチームワーク |
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サークルの規模が大きくなるにつれて、曲のレパートリーも増えました。また、マンドリン演奏の評判を聞いてイベントなどの出演依頼の申し込みがくるようなりました。サークル活動は順調にいっていたのですが、平成九年に創設者の石井氏が亡くなり、一時は存続が危うくなったこともありました。しかし、メンバーはなんとか氏の意志を継ぎたい一心で、新しい指導者を迎え、練習を再開しました。マンドリンの魅力はなんといっても、何十人もの人々が一緒になって奏でる美しいハーモニーにあるという伊藤さん。ソロ演奏はともかく、スタンドプレーは許されません。しかし、何度も同じフレーズを練習し、メンバー全員の息が合ってまさに最高の音色が出せた瞬間、その喜びはひとしおです。「練習後にお茶を飲みに行ったり、合宿を行うなどして、仲間同士の交流を大切にし、チームワーク作りに努めています。 県内で開かれたマンドリンフェスティバルに参加するなど、ステージ活動の幅も広がってきました。当然のことながら、「自分たちのコンサートを開いてみたい」という声がメンバーの中から出てくるようになりました。そして二十一世紀の幕開けである今年一月、「マンドリーノ・コスモス」のファースト・コンサートが地元市原市の勤労会館「youホール」で開かれることになりました。曲目はマンドリンオリジナル曲に加え『ドナウ河のさざ波』など誰もが知っている名曲ばかり。演奏者が自己満足に終わるのではなく、来場者も一緒になって楽しめるステージにしたい。その精神は、「地域の皆さんに愛される楽しいマンドリンクラブを作っていこう」という「マンドリーノ・コスモス」のモットーから生まれたものでもあるのです |